弊社から車で数分の場所に、那珂川縁に「国田の渡し」跡があります。この辺りは水深がだけではなく、流れの速い場所があります。橋のなかった時代は、那珂川を渡るための「渡し」が数か所あったようです。「渡し」といえば、「矢切の渡し」を思い出す方もいらっしゃるでしょうが、ビルが建ち並び昔の風景を想像することはできません。どのような場所に「渡し」があり、それが生業になったのでしょうか。近くに、お茶屋などがあったのでしょうか。歩いて旅をすることが当たり前の時代は、一般の人はどのような生活をしていたのでしょうか。